Cそんな顔をするな


side 呉羽


荷物を片付けた俺は修吾の部屋の前に来ていた。

いつも通りノックをして、扉を少し開ける。

ノックをしても大抵修吾は返事を返さないのだ。扉に鍵がかかってなければ入ってきていいと言って。

少し開いた扉の向こうから修吾の怒鳴り声が聞こえ、俺はびくりと肩を揺らした。

「…だろ!!ふざけんなクソ親父っ!!はぁ?」

どうやら電話の相手に向かって怒っているらしかった。

「勝手に承諾してんじゃねぇよ!!呉羽は行かせねぇからなっ!!何?ンなこと分かってる。でも俺は親父が命令してもぜってぇ放さねぇからな!!!」

ガチャン、と荒々しく修吾は電話を切った。

「はぁ…、クソッあの野郎」

どうにも入りずらい雰囲気だった。

でも、扉を開けてしまった以上帰るわけにもいかず、俺は失礼しますと言って部屋へ入った。

「ん?あぁ、呉羽か…」

どさり、と一人掛けのソファーに腰を下ろし修吾はため息を吐く。

俺はいつも通りその向かいのソファーに座った。

「どうかしたのか?」

さっき怒鳴り声が聞こえたけど。俺の名前も出てたみたいだし。

そう聞けば修吾は忌々しそうに舌打ちをして吐き捨てるように言った。

「あのクソジジィ、こうなると分かってて先手打ってやがった」

くしゃと苛立ちを隠さず乱暴に前髪を乱す修吾に俺は少なからず心の中で驚いていた。

ここまで感情を露にして激怒する修吾は初めて見たような気がする。

それから修吾の言うクソジジィというのはつい数十分前まで会っていた東陽の事だよな…。

修吾が話し出すのを待っていると、修吾は口にするのも忌々しいとばかりに盛大に眉間に皺を寄せ、渋々口を開いた。

「あのクソジジィ時代錯誤もいいとこだぜ。どうやって親父に取り入ったのか見合い話出してきやがった」

「…は?お見合い?」

誰が?修吾が?

思わぬ単語に俺の脳が固まる。

そしてその間にも修吾の言葉は続く。

「誰が行かせるかってんだそんなもの!なぁ、呉羽?」

「え?…はぁ、まぁ。そうですね。でも修吾はそれでいいんですか?」

修吾には恋愛結婚をして欲しいが、羽崎を支えるにはやっぱりちゃんとした所の女の子の方がいいのか…。

修吾の隣に立つ女性を頭の中で思い浮かべて胸が鈍く痛んだ。

しかし、その意味を知る前に修吾の力強い瞳がいつの間にか俺の眼前に迫っていた。

「―っ!」

「いいに決まってんだろ。それとも何か?お前は見合いがしたいのか?」

「いえっ、そう言うわけでは…」

って、アレ?

ズイッと身を乗り出していた修吾が、ならいい、とどこかホッとした様子で身を引いてから俺は今気づいた事を聞いてみた。

「お見合いって修吾がするんじゃないんですか?」

「はぁ?何で俺なんだよ」

ちゃんと人の話聞いてたのか?それに敬語!と、修吾にジロリと睨まれ指摘された。

なんだ、そっか。

ホッとしたのと同時に中断されていた思考が再開する。

「でも何で東陽は修吾じゃなくて俺なんかに見合い話を持ってきたんだ?俺がしたって何の意味もないだろ?修吾みたいに財閥の跡取りってわけでもないし」

「………」

首を傾げる俺に修吾は呆れたような眼差しを向けてきた。

「何だよ?」

「なんでもない」

お前に関しては損得関係無く欲しいんだ、この俺も。と、口にしそうになって修吾は首を横に振った。

「あのさ、俺お見合い受ける気はさらさら無いけどさっきの様子だともう先方に承諾しちまったんだろ?」

「…あぁ。あのクソ親父が」

あの人が了承したって事は、俺も迂闊な言動は出来ないな。

聞くところによると相手は東陽の一人娘。羽崎と取り引きのある会社だし、俺のせいで修吾に迷惑をかけるわけにはいかない。

「呉羽」

「ん?」

考え込んでいた俺に修吾が声をかける。

ソファーから立ち上がった修吾は俺の隣に移動してきて腰を下ろした。

「修吾?」

何がしたいのかよく分からない修吾を見つめ俺は首を傾げた。

すると、隣に座った修吾の手が伸びてきて、俺の両頬を包んだ。

「そんな顔をするな」

「…しゅ…ご?」

「どうせ親父や俺の迷惑にならねぇようにって考えてんだろ?」

お前の考えてる事ぐらい分かる。と、不機嫌そうに顔を歪めて修吾は俺と視線を合わせた。

「俺って呉羽からみたらまだ頼りねぇ主か?」

「そんなことは…」

「なら、呉羽は何も考えず俺に任せとけ」

間近にある、真剣な光を灯した深い藍色の瞳に俺は一瞬呼吸を忘れ、吸い込まれそうな感覚に陥った。

「任せるって、修吾の手を煩わせるまでもなく俺が自分でなんとか…」

「だから、それが俺は気に入らねぇって言ってんだよ!俺が頼りになると思うなら黙って俺に任せとけ!」

いつになく我儘な修吾の瞳に若干の悔しさが滲む。

「…それでも、もし俺が頼りにならないとお前が思ったならお前の好きにしていい」

後半はトーンダウンして聞き取りづらかった。

きっとここで俺が修吾の言葉をはね除けたとしても修吾は俺の事を放って置いてはくれないだろう。

さりげなく助けてくれるのは今までの経験から分かっている。

それならば…

「分かった。俺の敗けだ。修吾に任せる」

頼りにしてる、と苦笑と共に言えば、先程までの殊勝な態度は何処へ行ったのか、あのクソジジィなんて返り討ちにしてやるぜと強気な笑みで宣言までしてくれた。



[ 98 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -